子供の本のひろばへようこそ
こんにちは。子供の本のひろばの、かおるんです。
現在、このブログは休止中ですが、子供の本が80冊ほど、紹介されています。もしよろしければお立ち寄りくださいね。
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『どろんこハリー』
ジーン・ジオン文
マーガレット・ブロイ・グレアム絵
わたなべしげお訳
福音館書店
おふろがきらいな子はいませんか?
「だってぼく、きたなくないもん」
「わたしの手も足も、よごれてないもん」
そんなことをいって、にげまわったりしていませんか?
犬のハリーもそうなのです。
そんなハリーがどろんこになって
まっくろになってしまいました。
誰もハリーと気づいてくれません。
ぼくだよ、ハリーだよ。
だんだん心ぼそくなるハリー。
おふろにはいりたい!
心からそう思うようになります。
外で思いっきりあそんだあとに
おふろにはいるのは
きもちいいものです。
おうちでばかりでなく、
あせをかいて、どろんこになって、あそびましょう。
そうして、おふろにはいりましょう。
もし、そとであそばなかったとしても、
きょうの夜は
ちゃんとおふろにはいろうね。
●○●大人の方へ●○●
お風呂好きですか?嫌いですか?
お腹がすかないとご飯がおいしくないように、汚れていないとお風呂が本当に気持ちいいと感じられないものじゃないでしょうか。アウトドアで身体を思いっきり動かして汗をかいたら、子供だって大人だってお風呂が恋しくなります。食事より何より、お風呂!(温泉だったら最高!!)自然にそんな欲求が生まれてくるはず。最近は子供たちもお部屋で遊ぶことが多くて、どろんこハリーほど汚れないのがちょっと可哀想です。
ハリーのように汚いからって自分の子供の顔がわからなくなるなんてことはないでしょうけれど、やっぱりお風呂上がりのほおがぴかぴかした子供って気持ちよくって可愛いです。何か、生まれ変わるような感じ。ハリーは外国のお話だから日本のお風呂の感覚とはまた少し違うニュアンスもありますが、やっぱり清潔であるということは世界共通で幸せのひとつなんだと思います。
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『おなべ おなべ にえたかな?』
こいでやすこ 作
福音館書店
みんな、おうちのおてつだい、してる?
どんなおてつだいかな。
しんぶんをポストからとるのは、すがすがしい。
げんかんのくつを、そろえるのも、みんながたすかる。
やさいをきったり、お米をといだりして
ごはんづくりのおてつだいをしている人も
いるかもしれないね!
どんなことだって、いいんだよ。
小さな子でも、じぶんにできるかぎりのことで
みんなのためにはたらくことが
だいじなだいじな、ことなんだ。
さて、この絵本みたいなおてつだいは
なんだかたのしそう。
おでかけするおばあちゃんにかわって
おなべのばんをするんだって。
ふたをあけると、おいしそうなにんじんのスープ。
ちょっとだけ、あじみだけ、と食べているうち
おなべの中は…
おばあさんがかえったときどうなっていたでしょう。
たのしみに、よんでみてください。
そして今日、かならずひとつ、おてつだいをすること!
●○●大人の人へ●○●
春がやってきて、子供は大きくなる。
とうとう本格的な寒さがこないまま、桜がもう咲いていたという話を聞き、うれしさよりは心配の方が先にきてしまいました。今年の冬は、そういえばお鍋の出番も少なかったですね。こちらの絵本はおなべといっても、春のおなべのお話。大きな鍋が薪のかまどにかかっていて、ぐつぐつ煮立っています。おばあちゃんが仕込んで出かけたのは、にんじんスープ。でも、子供たちが鍋の番をしながら全部食べてしまい、さあどうしようと、グリーンピースのスープ(まめのスープとありますが、この時期だからグリーンピースと勝手に解釈)を作る姿が、ほのぼの描かれています。
これを読むと、楽しくて、責任をもたされていて、さらに対象が変化するという、「いいお手伝い」だなあと思うのです。今、子供たちが家でやらされているのって、それこそ新聞とりとか、風呂焚き、それも、ボタンをポチっと押すだけだったりするような、クリエイティビティのかけらも必要ないお手伝いばかり。いや、もちろんルーティーンワークをコツコツとできることはとても大切。でも「自分がやらなかったときにどれほどみんなが大変か」ということが、仕事の充実感のバロメーターってことはあるかなと思います。だからもっと思い切って大きな責任を与えてあげることも、大事なんじゃないでしょうか。子供だけで留守番させて、その上火の番までさせちゃうおばあちゃんに、拍手です。
もう、3月。暖かい冬だったけれど、それでも春は待ち遠しい。子どもたちも一歩踏み出す季節ですよね。
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『三びきのやぎのがらがらどん』
北欧民話
マーシャ・ブラウン え
せた ていじ やく
ちいさいやぎの がらがらどん、
にばんめのやぎの がらがらどん、
そしてさいごに、おおきいやぎの がらがらどん。
さんびきのやぎは、草をたべるために、
山にむかっているところ。
谷にはきみのわるいトロルがすんでいます。
このはしをわたらなければ、山にはいけません。
最初にわたるのはちびやぎ がらがらどん。
さあ、トロルがやぎをたべようと
まちかまえていますよ…。
●○●大人の方へ●○●
理屈をぶっとばす力強さ
読んだことのない人は、ためしに本屋か図書館で、ぱらっと読んでみてください。えーとですね、単純すぎて、正直何が面白いのか、よくわからないかもしれません。これを果たしてストーリーと読んでいいのだろうか?!と突っ込みたくなるのですが、絵本はストーリーばかりが大事というわけではありません。たぶん小さなお子さんに読み聞かせたら、たちまち夢中になるでしょう。舞台の完成度がとても高いのが特徴です。力強そうなダイナミックなタッチで描かれた、堂々としたヤギたち。落っこちたら助からなさそうな深い深い谷、そこにひそむ恐ろしく気味の悪い、黒く巨大なトロル。その舞台を思い浮かべるだけで、ドラマチックだと思いませんか。
何かに似てるんだよなあと思ったら、子供の大好きな戦隊ものですね。戦いの場面になるとなぜか町にいた戦士たちが場面一転、広野に移っている。敵と戦い、圧倒的に勝つ。ストーリーの前半をショートカットして、このベタな場面だけをとり出したのが、「がらがらどん」です。一回目はドキドキするけれど、二回目からは子供も勝つと確信している。そして何度でも何度でもその場面が見たい。それなんだと思います。
「がらがらどん」っていう語呂も、なんともいいですね。訳のすばらしさです。
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『銀河鉄道の夜』
原作・宮沢賢治/影絵と文・藤城清治
講談社
幸せという言葉を、どんなときに使いますか。
「おいしいものを食べて幸せ」
「ほしかったおもちゃを買ってもらって幸せ」
「ともだちと楽しく遊んで幸せ」
でも、もしかして、あなたはまだ気づいていないだけかもしれません。
目に見えない、
そして今感じているよりもっとふかい
「ほんとうの幸せ」があるかもしれないということを。
年にいちどのケンタウル祭の夜、
同級生からいじめられ、ひとり丘にやってきたジョバンニは、
夜空を走る銀河鉄道にのります。
ジョバンニがさがしていた親友のカンパネルラも
なぜか同じ銀河鉄道にのっていたのでした。
はくちょう座、ふたご座、さそり座、
たくさんの星をながめながら
そして鉄道でであった人々の話をききながら
ジョバンニとカンパネルラは空のたびをつづけます。
「ほんとうの幸せって、なんだろう」
カンパネルラはジョバンニにといかけます。
やがて、丘にもどったジョバンニは
あるできごとを、しるのです。
ほんとうの幸せは、見えにくく
簡単にはみつけることができません。
子供であろうと大人であろうと関係ありません。
あなたも、そしてわたしも
ジョバンニやカンパネルラのように
ほんとうの幸せをさがす旅のとちゅうにいます。
ちょっと休もうかとおもったとき、
また、つぎにすすむ道にまよったとき。
このうつくしい絵本をひらくと
旅のともだちをえたような
気もちになれるかもしれません。
●○●大人の方へ●○●
絵が、翻訳する。
「銀河鉄道の夜」は、小さな子にはかなり難しい文章とテーマではないでしょうか。でも、星座のつながりのまだわからない幼い子にも満天の星空から何かを感じるように、宮沢賢治の言葉と物語にふれることは心をはぐくむ上でとても有用なことに思えます。
さて、この絵本は数ある賢二の絵本の中から、絵の美しさで選んだ一冊です。影絵といえばこの人、藤城清治さん。テレビで制作過程を見たことがありますが、色セロファンを細かく重ねて微妙な色を出す、本当に気の遠くなるような作業でした。色数がこれほど多いのに、その画面からただよう雰囲気はやさしく、癒されます。
「銀河鉄道の夜」は全文を絵本に入れるにはやや文章量が多い物語。絵本向けにやさしくリライトされています。それでも、原作を読んだ以上に感情がかきたてられるのに驚くのです。宮沢賢治の物語は人々の空想を大きく膨らませるだけに、さし絵はとても難しいのではと思います。文章に忠実に、それでいて幻想的でこんな美しい絵をつけられるのはすばらしいこと。人に贈ってあげるにもぴったりではないでしょうか。
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『どうぞのいす』
香山美子/作・柿本幸造/絵
ひさかたチャイルド
うさぎさんが作った、小さないす。
「どうぞのいす」とたてふだをつけて、
のはらの木の下におきました。
はじめにやってきたのは、ろばさんです。
せおっていたどんぐりのかごをいすにおいて、
木の下でつい、おひるね。
そこへくまさんがあらわれました。
おかしを どうぞ。
おさきに どうぞ。
さあ どうぞ。
「どうぞ」は、いわれるとうれしくなる、ことば。
1かいだれかに言ってもらったら、
あなたもだれかにどうぞと声をかけましょう。
そうしたら、あなたからどうぞと言われた人が、
またほかの人に、どうぞとしてあげたい気もちになります。
「どうぞ」はぐるぐるまわっていって
やがてあなたのところへかえってくるのです。
木の下だけでなくどこにでも、
「どうぞのいす」があることを
いつもおぼえていてくださいね。
●○●大人の方へ●○●
そこにいない、誰かのために。
そこにいない人のことを思いやれるのは、目の前にないできごとを想像し、そこから何かを感じ取れるという、とっても高度な行為です。空っぽになってしまったかごの中を、これからやって来るかもしれない人のために満たして去る。後から来た人も同じようにする。この絵本の中ではみんながそういうふうに思いやりをリレーしていくのですが、やはりむずかしいことだけに、読者としてはそれが緊張感につながる。ひょっとして食べっぱなしでいっちゃうやつがいるかもしれない、と思ってドキドキするわけです。
知らない人を思いやり、知らない人から思いやられるということに対して、この本のように全幅の信頼をおいて暮らせると、ずっと暮らしやすくなると思うんですが、それにはまず、自分が知らない誰かのために無償で何かをするということから始めなきゃなりません。得しよう、受け取ろうとするだけではなくてね。
ページのはじっこのほうまで温もりが行きわたっている感じは、暖色にこだわったところからくるものだと思いますが、とくに物語の中の時間によって少しずつ色が変化していき、淡いながら深い味わいです。動物たちもつぎつぎ出てきますが、なんといっても存在感があるのは主人公である椅子。物語の内容と絵の呼吸が合っていて、ほっとする、という言葉が本当にぴったりな絵本です。
(絵本の画像が、英語版しかありませんでしたので、それを貼り付けます)
さて、今年もあとわずかになりました。「子供の本のひろば」も、冬休みになります。少しずつ少しずつ進んでいきたいと思いますので、来年もよろしくお願いします。よいお年を。
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『悲しい本』
マイケル・ローゼン作/クェンティン・ブレイク絵
谷川俊太郎訳
あかね書房
この本の主人公のおじさんは、息子をなくしました。
そのせいなのか、そのせいではないのか、
今とても悲しい気持ちでいっぱいです。
悲しさはいったいどこから来るのでしょう。
どうにもできないほど悲しみが大きくなって
つぶされてしまいそうになると
人は前を向いて生きることができなくなります。
海に浮かぶように、ただぷかぷかと
悲しみの中をただよっていくしかありません。
そう、このおじさんのように。
いやだなあ、そんなの。そう思いますか?
だけど悲しさからのがれられる人は
この世にひとりもいないのです。
ひどいことを言われたりされたりしたとき。
自分に自信がもてないとき。
大事な人とのお別れのとき。
今まさに悲しんでいる人も今は全然悲しくない人も、
この絵本を手にとるほんの少しの間だけ
悲しみという気持ちについて考えてみませんか。
いつか役に立つときがやってくるはずです。
そのときに悲しみから目をそらさずにいられるように。
●○●大人の方へ●○●
マイナスの気持ちと向き合うこと。
人間はマイナスの感情にとても弱い生き物です。悲しみ、怒り、憎しみ、恐れ…そんな気持ちが心に芽生えると、すぐに何とかしたい、何とかしなければとじたばたしてしまいます。この本の主人公は子供を亡くしました。悲しみの原因を考えては悲しみに理由なんかないことを知り、悲しみを癒そうと努力をしては悲しみが簡単には治せないことを知り、悲しみを受け止めようとしては失敗しています。希望と絶望が交互にやってくる中で、一筋の光が見えることがある。(でも、必ず見えるという保障はどこにもありません)
悲しみをなくしたいというのは人の願いです。ただ、悲しみと一緒に生きていくしかないときがあること、そして、どんな人の心にもあらゆる感情がとりつく可能性があるということは知っておいたほうがいいのではないでしょうか。大人にとってもいつかこの本は、悲しみと向き合う助けになるでしょう。子供にはちょっとヘビーかもしれませんが、ストーリーよりも絵本全体から何かを感じ取ってくれるといいのではないかと思います。
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『あしのうらのはなし』
やぎゅう げんいちろう
福音館書店
はだしに、なろう。
そして、あしのうらをみてみよう。
あしのうらをこちょこちょやると、とってもくすぐったいね。
あしのうらって、ふだんなにをしているのかな。
どんなやくにたっているのかな。
そんなことが、このほんにはかいてあります。
たとえば、ゆかのうえに
小さなおはじきやカードや、クリップをおいて
めをつぶってそうっとふんでごらん。
ちがいが、わかるかな。
あしのうらはきみたちがおもっているよりも
ずっといろんなことがかんじられる。
そして、ずっといろんなことができるんだ。
じぶんのあしのうらをかいてみるページもあって
とってもおもしろいよ。
よみおわったら、しばらくはだしですごしてみよう。
いろんなことを、かんじてみよう。
●○●大人の方へ●○●
あしのうらって、ほんとに大事。
土踏まずのない子供が、増えているそうです。それは、外で思い切り走ったり歩いたりしていない子が増えている証拠。土踏まずは本来なら幼稚園の年少から小学校入学時期ぐらいまでの間にできるのですが、運動不足などで骨がしっかり形成されないでいると土踏まずのない偏平足になり、疲れやすくなってしまったり、運動能力が十分に発揮されなかったりといった問題が出てきます(個人差があり、もともと扁平足な人もいるよう)。足の裏は歩くための基盤。私は息子がだらしなく立ったり歩いていると、「地面を足の指でつかんで立って」などと訳のわからない注意のしかたをしてしまいます。でも、立つ、歩く姿は人間としてすごく基本的なことだと思うから、つい細かくなってしまう。
もうひとつ大事なこと。足の裏は人間にとって、もともとセンサーの役割を持っていたはずですね。だから本当にいろいろなことを感じる能力を持っている。靴下で保護し、靴で閉じ込めて、私たちは足の裏を過保護にしてしまっていますが、とくに子供のうちは足のセンサー機能を開放してあげたいですね。はだし保育、大いに賛成です。つま先立ちしたり、足の裏で何かをつかんだり。お行儀悪い!なんて言わないで、足を使った遊びをいっぱいさせてあげましょう。
足の裏がしっかり大地についた子供に育ててあげたい。のびのびとした柳生さんの絵が、人間の持っている足のちからを目覚めさせてくれるような素敵な絵本です。
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『おねしょの名人』
山田真・柳生弦一郎
福音館書店
ぼくたちこどもが「おねしょ」をするのは
ふつうのことなんだってさあ
と、本の表紙にかいてありますね。
おねしょってどうしてするのかな、
おねしょをする子としない子がいるのは
どうしてかな。
ひょっとして、今これをよんでいる中にも
「ぼく、もう小学生なんだけどおねしょしちゃうんだー」
と思っている人がいるかもしれませんね。
ベランダにまあるい地図のついたふとんが
ほされるのははずかしいな、とかね。
でも、この本をよんだらもうへいき。
お医者さまの山田せんせいが
おしっこのこと、おねしょのこと、
くわしくおしえてくれるから。
そして「だいじょうぶだよ」といってくれます。
これからは、
もしおねしょをしてしかられても、
「ぼくはおねしょの名人なんだよ!」って
むねをはっていってください。
今日はこんなにすごいおねしょ地図を
ふとんにかいたんだぞってね。
それでいいんだよ。
●○●大人の方へ●○●
待つという、治療
子供というのは、よく風邪もひくし園や学校で感染症ももらってくるし喘息やアトピーなどの持病を持つ子もいるし、病気と隣り合わせにいる存在といえます。だからこそ、病気を「治さなきゃいけないもの」として考えるのか、それとも「適当に仲良くつきあうもの」と考えるかで、子供の暮らしやすさは随分違うのではないでしょうか。
幸いにもうちの子供はものすごく丈夫で、風邪をひいてもすぐにケロリとしていたので、私もこんな呑気な考え方でいられるのかもしれません。苦しむ子供を目の前にした親の気持ちになってみろ、といわれそうです。でも、怪我や急性の病気はともかく、病気って自分の体から切り離そうとすればするほど大きな存在になってしまうし、治療もエスカレートしていきます。果ては体の大きい小さい、能力の早い遅いも親にとっては心配なもので、何かが少し遅れているだけで「うちの子、病気なんじゃないかしら」。結局、病気と健康の間に、はっきりした境界線などないのです。
さて、おねしょというのは病気であるかどうか微妙なところですが、ホルモンの未発達という病気のひとつとしてとらえ、治療を施す小児科の先生もいるようです。でも、山田真先生はとりあえず6歳ぐらいまでは親の考えで治療をすべきではなく、本人に治したいという気持ちが芽生えてから治療を始めたらどうですか、というやり方をすすめています。おねしょのメカニズム、子供の成長過程におけるおねしょのデータなどをわかりやすく教えてもらうと、なるほど納得です。
山田真先生の考えにふれると、すごくのびのびと安心した気持ちになれて、体のことだけではなく子育てそのものが楽に感じますが、「待つ」ということを治療とみなす考えも、そのひとつ。人の生命力、治癒力を信じて待つというのは副作用のない確かな治療であり、また子供にとって大人たちに待ってもらう時間は体だけでなく心も癒す薬なんだということを、絵本からじゅうぶんに感じることができるでしょう。
柳生弦一郎さんの、子供の生命力みたいなものにドーンとぶつかっていくようなダイナミックな絵と手書き文字もとっても楽しいです。このお二人のコンビで、からだに関する絵本がたくさん出ていますが、すべて紹介したいぐらい素晴らしいものです。
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『100万回生きたねこ』
佐野洋子作・絵
講談社
100万回しんで、100万回いきたねこの、はなしです。
これって、どういうこと?
しんでも、またよみがえるということかな。
どうしてかな。
このねこは、ちっともかわいくありません。
ねこがしんだとき、100万人のかいぬしがないたのに
ねこはいちどだって、なきませんでした。
王さまも、船のりも、サーカスの手品つかいも
ひとりぼっちのおばあさんも、
みんな、ねこがだいすきでしたが
ねこは人がきらいだったのです。
そして、じぶんのことだけは、だいすきでした。
そんなねこは、あるときのらねこになり
いっぴきの、白いねこと、であいます。
白いねことのであいで、
このねこに、なにかがおこります。
それはまるでまほうです。
この、えほんをよんで
みんなどんなふうに思うんでしょう。
こっそりおしえてくださいね。
●○●大人の方へ●○●
大人の絵本?子供の絵本?
昨日の産経新聞に、この絵本の記事が載っていました。発行部数が150万部を突破したとのことです。また、日本橋三越では、『佐野洋子絵本の世界展』がはじまっています。次に紹介するのはこの絵本だと決めていたのですが、忙しくてしばらく更新できなかったところ、新聞記事に背中を押されたカタチになりました。
新聞のインタビューで佐野さんは「そもそも理屈を信用していないの」なんて言っています。人間の歴史の中で理屈はころころと変わる。でも本能と、本能に基づく倫理観だけは変わらない、という気持ちで生きているのだそうです。こうしたシンプルな倫理観が、この絵本をロングセラーにしている秘密なのかもしれません。本能を忘れがちな現代人は多かれ少なかれ100万回生きたねこみたいなものなのかな。
…と、つい話し込んでしまいましたが、大人が結構語りたくなってしまう絵本です。子供はこの絵本読んでどう思うんだろう?ということに興味があります。100万回死んで100万回生き返ったねこって、ゲームで命をリセットするのと同じですね。この本を最後まで読んだとき、子供の心に、何かリアルなものが生まれてくれればいいな、どこかで白いねこに出会ってくれたらいいなと思います。やっぱり絵本は大人のものじゃなくって、子供のものであってほしいからです。
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『ぐりとぐらのかいすいよく』
なかがわえりこ作/やまわきゆりこ絵
福音館書店
なつやすみが、はじまりましたね。
雨ばっかりふって、
海や山にいくはずだった人は
ちょっと ざんねんかもしれません。
ラジオたいそうがなくなって
あさねぼうできていいや、
なーんておもっている人も、いるかもしれません。
でも、とにかくいまは なつやすみです。
じゆうになんでも できるんです。
ぐりとぐらがはまべでひろった
ぶどうしゅのびん。
中に、てがみがはいっていました。
しんせつなともだちへ
しんじゅ・とうだいへきてください。
うみぼうずより
うみぼうずからのてがみです。
ちずと、うきわもいっしょです。
ぐりとぐらがどうしたかって?
もちろん、しんじゅ・とうだいへむかいましたよ。
なにがおきたかは、
えほんをよんでのおたのしみです。
みんなのなつやすみも
まだまだたっぷりあります。
たのしく、げんきななつを
すごしてくださいね。
●○●大人の方へ●○●
夏休みは、夏休もう。
朝から晩まで子供が家にいてなかなか片付かなくって、お昼ご飯も考えなきゃならず、当の子供はだらだらと勉強もせず過ごしている…。いや、あなたの家の夏休みの話じゃありません。うちのことです。あー、ぐりとぐらみたいに、シマシマの水着で海にぷかぷか浮いていたいなあ。
だけどほんとは、電車や車に乗れば海って案外すぐそこなんですよね。着いたら夕方になってしまったとしても、それは本物の海で、絵本でながめるだけの海ではありません。波の音、磯の匂い、貝殻の混ざった砂、打ち上げられた海草…。
子供が夏休みらしく過ごすには、親がまず夏休みモードにならなきゃいけないのかも。今年は雨続きでまだ夏休み全開!という感じではないと思いますが、雨が上がったら、子供と一緒に出かけましょう。
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『影との戦い ゲド戦記Ⅰ』
ル=グウィン作/清水真砂子訳
岩波書店
こわいこと、むずかしいこと、こまったこと、
あたまにくること、かなしいこと。
こんな気持ちは誰にでもありますよね。
心にめばえた暗いきもちは
あなたをどのようにしますか。
その影をなくすために
あなたは、どうしていますか。
ゲド戦記シリーズは、
海にうかぶ無数の島々と海からなる
アースーシーという世界で起こる物語です。
この『影との戦い』では
とても強力な魔法の力をさずかった
少年・ゲドが主人公です。
ゲドは魔法の修行中に
じぶんの高慢な心から死の影を呼び出してしまい、
その影に追われて逃げまどいます。
でも、ゲドはある人の教えによって、
今度は影を追うことになります。
さあ、ゲドと影との勝負です。
大きさも強さも、何者なのかもわからない影を相手に
ゲドはどうやって戦いをいどむのでしょう。
ゲドのいるアースーシーは架空の世界ですが、
今、私たちの住んでいる世界にも
“影”はあります。
それは誰もが必ず心の中に持っているもの。
いつもは顔を出さないけれど、
ぺったりと張りつくように人の心の裏側にひそんでいます。
そして、何かがおこると
怒り、悲しみ、おそれといった形となって
ときには小さく、ときにはおさえきれないほどの大きさで
私たちの前にあらわれるのです。
いったん影の存在に気づくと不安になり
逃げだしたい気持ちになるでしょう。
でも、どんなに遠くまで逃げても無駄なのです。
なぜなら影はその人と一緒にいるから。
自分の心を見つめることが
影との勝負の分かれ目です。
ゲドの戦いぶりを、じっくりと読んでみましょう。
●○●大人の方へ●○●
自分の中に、すべてはある
ゲド戦記シリーズは全部で5巻(外伝を入れると6巻)あります。その中で『影との戦い』『こわれた腕輪』『さいはての島へ』が、三部作と呼ばれるものです。一冊ずつでも完結しているので、まずはこの『影との戦い』から読んでください。作者のグウィンはSFファンの方ならご存知でしょう。大小無数の島と海から成るアースーシー、そして小さな島に生まれ育った、高慢な若者ゲド。印象的な脇役たち。非常に独特の世界観で、ぐいぐいと読者をひきつけます。
ネガティブな気持ちを持ったとき、その原因を自分の外側に見ているうちは、決して問題は解決しません。自分の内側にすべての答えは隠されていて、そこに気がついたときにゲドを覆っていた霧は晴れる.。そのことを、ぜひ読み取ってほしいなと思います。
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『ブレイブ・ストーリー(上・下)』
宮部みゆき
角川書店
もうすこしくわしく
ブレイブは“勇気”という意味です。
あなたには勇気がありますか?
と聞かれても、
勇気があるかどうかを試されることなど
そうそうないから、
よくわからないんじゃないでしょうか。
だけど、勇気は本当のピンチのときに
絶対に必要なものなのです。
そして、勇気を手に入れたのなら、
多少勉強ができなくっても、力が弱くても、
人は強くなれるのです。
それを頭に入れておいて、
『ブレイブ・ストーリー』を読んでみましょう。
小学校五年生の少年亘(ワタル)が
廃墟ビルの中にできた不思議な扉をくぐり、
“幻界(ヴィジョン)”という、わたしたちの住む世界とは
違った世界へと出かけます。
向こうの世界で“運命の塔”を目指す旅を続けながら
いろいろな人や出来事に出会い、
本物の勇気が何かをつかみとっていく
冒険ファンタジーです。
本では、異世界に行く前に、
亘にとってとても重大な事件というか、
ある出来事が起こります。
(何かは、ないしょ)
その出来事を背負ったまま、亘は異世界への旅に出ます。
幻界の中に、現実の世界と似たような人や場面が
出てくることもあります。
また、友達のミツルも同じように幻界にやってきて、
ワタルとは違った道を通って運命の塔を目指しますが
ワタルとミツルが出会う場面は、
ちょっと緊張する場面になるでしょう。
ふたりの運命はどうなるのか、
ドキドキしながら読める物語です。
楽しい登場人物や、美しい場所もたくさん出てきます。
先週末に映画が公開されたので
もう、見た人もいるかもしれませんね。
アドバンス用のソフトも出ましたが、
映画やゲームと原作本のお話は、かなり違います。
何度も楽しめる本なので、
ぜひ一度、手にとってみてくださいね。
○●○大人の方へ○●○
しばらく更新をさぼってしまい、すみません。この『ブレイブ・ストーリー』も、映画の公開前に記事にするつもりだったのですが、映画も始まってしまいました。
さて、宮部みゆきさんといえば、児童書というよりミステリーや時代物で日本をリードする作家の一人です。彼女の作品には子供が主人公の物語も結構多いのですが、それらは子供向けではありません。人の細やかな気持ちを書くことにすぐれているので、一度は子供向け、あるいは子供が読めるものを書いて欲しいな、と思っていました。3年前に出版されたこの本は、まさにその願いにぴったりかなうものでした。今年になって中一の息子は突然『ブレイブ・ストーリー』を本棚からひっぱり出して読み始めたのですが、そう、対象年齢としては中学生ぐらいが適当なのでしょうか。文章は読みやすく、ハリポタよりは内容が大人っぽいしページ数はありますが、亘と同じ小学校五年生でも本好きな子なら楽々読めると思います。
公開された映画は幻界でのアドベンチャーを主体にしているようですが、この小説の特徴のひとつは、主人公がそこへ行くまでが長いこと。上巻の半分ぐらい使って、現実界の亘(ワタル)をじっくり描いています。亘がどんな子供で、成績はどうで、友達とどんな生活をしていて…そして亘の日常をひっくり返すある事件が起こるのですが、その現実の世界と、亘が扉をくぐって行く異世界は表裏一体となっています。もちろん、亘が異世界へ行ってから出会う人たちや冒険の数々もとても面白いのですが、亘の気持ちや、こちらの世界の人間関係を合わせて読んだときにこそ、この本は大きく膨らみます。
多分、子供たちが最初に読むときは、単なるファンタジーとして読むでしょう。でも、少ししてまた読み返したら、ちょっと違った見方ができるかもしれない。そして大人になって読んだらまた違う読み方ができる。この『ブレイブ・ストーリー』は、そういう本ではないかと思います。
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『くまの子ウーフ』
神沢利子作/井上洋介絵
ポプラ社
もうすこしくわしく

どうして、さかなには したがないの?
ぼくは 何で できてるの?
どうしておふろにはいるのかな?
くまの子ウーフには
ふたつのすごい さいのうがあります。
ひとつは、
いろんなことをふしぎに思えるってこと。
おかあさんがぽんとわった たまごを見て
「どうしてたまごをわると いつもたまごがでてくるのかな。
ぼくならなんでもよくまちがえるのに」
なんてことを思ったり
「どうやたら みつばちになれるのかな
みつばちになったらハチミツがなめられるぞ」
と思ったり。
バッカなくま!
ウーフのことをそう思いますか?
でもね、はじめて人が空をとぼうとしたときも
はじめて地球が丸いと言ったときも
まわりのみんなは、
だれもあいてにしなかったんですよ。
さて、もうひとつのウーフのさいのうはね、
どうしてだろう、なんでだろう。
そう思いながらどんどんあるいていくこと。
そとに出て、いろんな友だちやいろんなものに出あって、
じぶんだけのこたえをみつけていくこと。
ウーフがみつけた すてきなといと こたえを
本の中でいっしょにみつけてみましょう。
●○●大人の方へ●○●
やわらかい心とからだで
子供ってやわらかくて気持ちいいですよね。からだだけじゃなくて、心ももちろんやわらかい。そのやわらかさが失われてしまうのはいつなんでしょう。たとえば草の上に寝転がることを忘れたり、守らなきゃいけない時間だらけだったり、だれとも心をゆるして話をしたりしなかったりすると、人のからだや心はあっという間に固くなりそうです。大人だけじゃなく子供でもね。
ウーフはやわらかさのお手本みたいなキャラクターです。木の下で昼寝をして、パチッと目をさましたとたんに「木になりたいなあ」なんて考えたり。そして、いつも不思議がっています。この、不思議がれるということこそ、心のやわらかさを証明するもの。卵から卵が出てくるのが当たり前と思っている私たちに「どうして卵は間違えないんだろう」なんていってくれるウーフ。何バカなこと言ってるの、と思うのも、ほんとだ不思議だねと面白がるのも、大人の選択です。
小学校の教科書にも出てきます。日本の児童文学の傑作といえるでしょう。
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「だるまちゃんとてんぐちゃん」
加古里子作
福音館書店

たとえばキミが男の子で
仮面ライダーのベルトがほしいとき
ベルトならいっぱいあるよ、
とお父さんのベルトをだされたら
かなりがっかりしてしまいますよね。
たとえばあなたが女の子で
ラブアンドベリーのおしゃれまほうカードがほしいのに
ポケモンカードをもらったって
ぜーんぜんちがうのにな、
って思うはず。
だるまちゃんも、おなじです。
てんぐのかっこうは、しっていますか。
はっぱのうちわ、ふしぎな形のぼうしに高い一本げた、
そしてなにより、長いはな。
ちいさい だるまちゃんは
ちいさい てんぐちゃんのもちものが
うらやましいのです。
うちへかえって おとうさんの おおきなだるまどんに
おなじようなもちものがほしい、とねだります。
だるまどんのうちには
とってもいろんなうちわや、ぼうしや、くつがあります。
でも、どれもてんぐちゃんのとはちがうのです。
ほしいものが
思いどおりに手に入らないときも、
心にぴったりあうものがみつかるまで
あきらめないで、さがしてみましょう。
だるまちゃんみたいにね。
●○●大人の方へ●○●
レトロな思いの、レトロな絵本
いまどき、“達磨”や“天狗”を知らない子供も多いのではないでしょうか。『だるまちゃんとてんぐちゃん』は初版が1967年。もう40年も前の絵本です。絵本に出てくる団扇や帽子や靴のイラストも、すごく時代を感じさせます。
でも、この絵本のレトロさの本質は「欲しいものの代替を工夫によって手に入れる」という教訓にあります。今、子供の欲しいものが手に入らないということはなく、「うちの子は欲しいものがないの」という声も驚きではなくなっています。実際にこの絵本を読んでも、ピンとこない子供は多いかもしれません。我慢や工夫を体験することって、ほんとうに伝えることが難しいですよね。てんぐちゃんみたいに、我慢と工夫をワンセットにする知恵が、一昔前はあったのでしょう。これが欲しい!と我を張る子供には、通用しない場合ももちろんありますが…。
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